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日曜の昼間のババア

  • 2012年05月02日(水) 01:23:19
  • 未分類
昨今の近隣のババアに思う雑感。
じゃなく、ライブの話です。

今年初のババア。
場所は久しぶりの原宿、バー・ボノボで。
ここは1棟に数件の別の飲み屋が寄生しているかの様に所狭しと営業している、都内でも指折りの見つけにくい場所であり、カオスなスポット。
迷子にならない様に!

ババアは演奏者という生身のレコードが音を刻み、独自のターンテーブルの視点でライブミックスしていきます。
ちなみに今後の活動予定はまだ未定です。
しばらくはまたやらないかもですので、ぜひ。

5/13(日)@原宿・bonobo
開演15時-終17時/投げ銭+2dオーダー
BaBaa (sentimental)】
村田直哉.mixer,turntable
松本崇史.a-sax
渡辺瑞季.t-sax
池田陽子.viola
須郷史人.snare,hihat
露木達也.tam,hihat

Bar bonobo
渋谷区神宮前2-23-4
地図:http://bonobo.jp/map.php

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記載訂正です

  • 2012年04月25日(水) 21:09:52
  • 未分類
ブログのライブスケジュール日を誤って記載していました。
明日26日(木)の早稲田・茶箱「卍ゅくトリオ」を、29日(木)と記載してしまっておりました。
29日は日曜で僕らはライブありません。
申し訳ありません!
下記に訂正します。

4/26(木)@早稲田・茶箱

開場19時半・開演20時/\2000(w/1d)
【卍ゅくトリオ】
須郷史人(ds),浅野廣太郎(sax),村田直哉(turntable)

[音楽喫茶 茶箱]
新宿区西早稲田2-1-1YKビルB1
tel:03-5272-7385

よろしくお願いします。

ちなみに明日はライブレコーディングするかもです

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ありがたし!

  • 2012年04月21日(土) 15:39:15
  • 未分類
久しぶりの三日連チャンのライブでした。

初日は下北のアポロで須郷さん、浅野さんとの卍ゅくトリオ。
早稲田の茶箱で林栄一さんと初のデュオ。
昨日は高崎のサンガムで同世代のds大澤くんとデュオ。

どの日も自分に無理のないペースや視点でジックリ演奏に集中できたかな、という感じ。

ここ最近は演奏後に無駄にヘコみづぎてしまう事も少なく、気持ちはどこかサッパリ

次にどんどん行きたくなる。


共演者の皆さん、立ち会って下さったお客さん、スタッフの皆さんに心から感謝です。


で、昨日のサンガムはターンテーブルから持ち替え、タブラでした。うそです
デュオでやったドラムの大澤くんがタブラもやっているという事で演奏してもらったのでした。
憧れのタブラに初接近。
プロフィール写真ちぇんじ!
ギターからタブラに。
虚言の上塗り。
もう何やってるヤツかわからない。
恐縮ですっ!

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顔は笑ってないが

  • 2012年04月17日(火) 18:39:37
  • 未分類
今、狂った様にココロが笑っている。踊っている。止まらない!

グヒャヒャヒャッ!アヒャヒャヒャッ!

人生に一寸の悩みなし!
そして人生悩みのみ。

こんなんがなんかのスイッチでたまに入る。
爆発的でどこか自滅的とも思える狂った楽観衝動。

そして笑いが止まらん。
乱ら乱

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今ここに考える

  • 2012年04月03日(火) 11:06:59
  • 未分類
先日、久しぶりの場所に一杯呑みに行ったとき、ディジリドゥ奏者だという髭もじゃオヤジとカウンターで一緒になった。
妻子持ちらしく、色々とその人なりに震災以降に思う所を話してくれた。
原発の問題、国の体制の問題、今後の若者の未来、被災地に行って直に演奏してきた事など。

震災以降、色々な思いはあれど、これといって今言える事がなかった自分は、ひたすら聞き手に廻って酒を呑んでいた。

聞いていて、自分の当事者意識の薄さを感じざるを得なかった。
原発の問題は、自分ではどうにもならない、なるようになるしかない、自分にはまださほどの被害はない、などと何処かまだお隣の問題気分で考えていた。

オヤジは何も大きな話をしていた訳ではなかった。
一個人として、生きている今の現状、日々何処かの物を飲み食いし、口や皮膚で息を吸うこの環境をどう自覚してるか。
それだけの話だった。

自分の身の回りで起きている事を自分で考え、自分で道を作る。
自分のいる未来を自分で考える。

自分の事は考えていても、自分事とする範囲の狭さに、何も言えることがなかった。

いつか死んでこの世を去る。死んだ後はどうにもできない。
それまで自分は自分のやれる事の中で光をみるしかない。
今もそれは思うが、それだけだった。
その思いの手前や別の角度の視野があまりに幼かったのだ。

自分にもそのオヤジと同じように、今生きている大事な人がいる。
誰かにとって頷ける立派な生き方はできないし、そうするつもりもないけど、
自分が生きるという意味に、やはりロクデナシかな、まだまだ何かを気づけていなかったのだった。

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