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最近

対バンや人様からCDを貰ったりして聴いていると、自分からはけして出せないであろう面白い感性の音が沢山聴こえてくる。
自分ではできない「曲」というのを聴くのがとても好きだし、ポップスでもロックバンドでも、明確な感情が沢山入った曲も好きです。


でも、その片方で感じるのは、何だか音で表現している自分が、自分のファン(バンドがバンドのファン)であるかの様な感じも受けてとれる物も多い気がする。

変わった事はしてみるけど、きっとどこかで受け入れられるであろう「音楽」に寄り添って、「自分」からはけして脱線しない所にいる気がする。

自分は音楽は芸術だと感じます。
芸術は時代も何も関係なく、その瞬間の本当の人間のあるべき姿をむき出しにして、開放してくれるものだと思います。
人間を生々しく見つめさせて、裸にさせてくれるものだと思います。
作ろうとする自分は、芸術の前では無力だと思います。
芸術を思考した瞬間に虚偽になると思います。
今ここにいる自分そのままを芸術と認めないなら、表現している所にも芸術はないと思います。
今の自分が芸術と認めないなら、過去に認識した芸術というものも何のパワーもなくなると思います。

自分は自分を敵だと思います。
思考は自分も人も同じ物だと思います。
思考の分かりやすい個性は偽りだと思います。

その時の境遇なりで、「好きだな」と感じる物に寄り添わなくては辛い時もあるけれど、芸術を感じた者が芸術を生む為に芸術に寄り添っては何の為に過去自分が感じた芸術が生まれたのかと思ってしまいます。

好きなものを跳ね除けてみる行動は、過去の人類から生まれた自分達子供と、過去の芸術家との時間を越えた親密な対話だと思います。
自分の知らない過去や自分の好きだと思う物や、その自分そのものをリアルに感じるには、外側も内面も対話して、更に生きていく様な気がするのです。
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